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2013/10/27 (Sun)                  隣に立つ人2 サンプル(冒頭)
2013年5月3日発行『隣に立つ人2』(アキヒカ子)のサンプル(冒頭)です。
 下に畳んでありますので、開いてご覧下さい。


 ふわりと身体が浮いている感覚に、ヒカルは目を瞬かせた。それはいつの日かも感じた夢の中と似ていて、あの時は佐為と会えたことを思い出す。彼から渡された扇子がずっしりと重かったのを、今でも覚えている。

 あれから自分は成長できたのだろうか。

 少しは、佐為に近付けたのだろうか。

 暖かい空気がヒカルの頬を撫でた。何の気もなしに振り返り、目を見張る。そこには、どれほど会いたいと思っただろう、佐為が立っていた。ヒカルは口を開けてその名を呼ぼうとするが、何故か声は出せない。

(あれ、何で……?)

 焦るヒカルを佐為は微笑して見つめているだけで、彼女に話し掛けようとする素振りすら無い。懐かしい、優しい笑みで、ヒカルを見ていた。

(佐為っ! 何か喋ってよ、佐為!)

 彼に駆け寄ろうとしても、足が地面に縫い付けられたかのように動かなくて、その場に立っているだけしかできない。

 そうしている間にも彼はヒカルから視線を逸らして、おまけに身体の向きまで変えてしまった。

(佐為!)

 次第に遠ざかっていく彼の背に必死に声を掛けようとするが、やはり声は出てくれなくて、だからといって足も動かないこの状態に、ヒカルは泣きそうになった。

 せっかく会えたのに、名前を呼ぶことも、傍に行くこともできないのか。

 彼の姿が霧に紛れて、徐々に薄く、見えなくなっていく。

 

 

 

 

「佐為っ!」

 自分の声が出たことに驚いたヒカルがはっと目を開けると、そこには自室の見慣れた天井が、いつもと同じように視界に入った。慌てて身体を起こして周囲を見回しても、やはり自分の部屋に間違いはない。

「ゆめ……?」

 夢の中で「これは夢だ」と思っていたのに、ヒカルはまるで確認するかのように、口に出した。先程までの夢とは違い、声もちゃんと出る。

「夢かよ……」

 彼女はベッドの上で頭を抱えた。夢であっても佐為に会えたことに喜ぶべきなのだろうけど、できるなら声を聞きたかった。あの優しい声で「ヒカル」と呼んでほしかった。

「佐為……」

 もう一度彼の名前を口に出すが、もちろん返事は無い。

 ヒカルは無性に悲しくなった。

 

 

 棋院での取材を終えたヒカルとアキラは、ぷちデートという名目で喫茶店に来ていた。オレンジジュースとホットコーヒーを頼み、席に着く。

「進藤」

「んー?」

 ヒカルはのんびり反応し、つまらなそうな顔でジュースを一口飲んだ。それを眺めていたアキラが重たく息を吐いたので、ヒカルはむっと口を尖らせた。

「何だよ、塔矢。人の名前を呼んでおいてため息かよ」

「それは悪かった。でも、今日のキミはボーッとしているようだね。体調でも悪いの?」

「いーや、元気いっぱいだよ」

 きょとんとして答えたヒカルだが、首を傾げて考え出した。

「あー……もしかして、アレかな?」

「あれ、とは?」

 アキラに問われて、彼女は「うーん」と唸った。

「進藤?」

「いや、さ。家を出ようかな、って考えてたんだよ」

「どうして急に?」

 ヒカルは再び口を尖らせる。

「急じゃねぇよ。ずっと考えてはいたんだけど、なかなか実行に移せなくってさ」

 それを聞いたアキラはコーヒーを一口飲み、尋ねた。

「一人暮らしをしよう、と思えるキッカケがあったのか?」

「うん、まぁそんなところ」

 曖昧に答えたヒカルは、店のガラス越しに見える外の光景に目を向けて呟いた。

「オレも、いつまでも親に甘えてちゃ、いけないしな……」

「……」

 アキラは無言のまま、ヒカルと同じ方向に視線を動かし、数秒の間の後、彼女の方に目を戻して提案した。

「だったら、ウチに来ないか?」

 彼の言葉を一回で飲み込めなくて、ヒカルは目を瞬かせる。

「オマエ、今何て言った?」

「ウチに来ないか? って言ったんだ。ボクの両親は家を空けることが多いから遠慮はいらないよ。それに、女の子の一人暮らしは危ないって良く聞くしね」

「……だからオマエと住めと?」

 アキラは涼しい顔でコーヒーを飲んで、にっこりと頷いた。

「緒方さんたちも良く遊びに来てくれるから、勉強には事欠かないと思うよ。そうそう、芦原さんの作る料理がおいしいんだよね」

「へぇー……じゃなくって!」

「なに?」

 アキラの澄ました顔が、妙にヒカルの癇に障った。

「なに、じゃない! いきなりオマエと住めるかっ」

「どうして?」

「どうしてって、オマエ……!」

 ヒカルは声のトーンを落とした。

「オレたち、付き合い始めてまだ一ヵ月だぞ。そんな、どっ……ど、同棲みたいなこと、できるかよっ」

 ニコニコ笑っているアキラの顔を直視できなくて、ヒカルは視線をまたガラス窓の外ヘと向ける。ガラスに反射して映っている自分の顔が赤く染まっているのが良く分かる。

 アキラがコーヒーカップをソーサーに戻した時のカチャンという音に、ヒカルはビクッと肩を震わせる。彼は小さく息を吐いた。

「同棲みたい、っていうか、同棲だね。考えてみなよ。家のことをひとりで全部やらなければいけないところを、ふたりで分担すれば少し楽になるんじゃないかな。キミとボクの仲だ、遠慮はいらない。それに、一緒に住めばいつでも打てる」

「そりゃ、そうだけど……」

 ヒカルは眉をハの字に曲げる。

「ねぇ進藤、試しに一ヵ月くらい一緒に住んでみないか?」

「うー……」

「ボクはキミと住んでみたい」

 その後、小一時間説得され続けた上にアキラが諦める様子は全くなく、結局ヒカルが折れるしかなかった。

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プロフィール
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あつ
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性別:
女性
誕生日:
1987/08/10
職業:
なんちゃって大学生
趣味:
ピアノ、読書などなど
自己紹介:
相も変わらず夢にひたっているいい大人。字書きで絵描き。中途半端なので精進中……。
一次も二次も書く人間。
最近は現実も見るようになったけど、やっぱり妄想族。
実は“うつ”わずらい。通院中。体調に超波あり。

ハムスター溺愛中。ジャンガリのノーマルグレーが好き。
こっそり打楽器奏者。ティンパニスト。時々ドラムもたたく。
新年の練習には行けない模様。
ちなみに、ピアノは趣味、打楽器は特技、だと思っている音楽大好き人間。サンホラがお気に入り。
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