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日記が長くなるので、下に畳んであります。伸ばしてご覧下さい。
「アキラくんと進藤くんって、付き合っているの?」
ヒカルは、アキラ行きつけの碁会所で受付をしている市河にそう訊かれたことがある。ヒカル自身男勝りなのは自覚しているし、服装もボーイッシュなものを好んで着ているので、今さら“進藤くん”と呼ばれることに不満はない。むしろその方が普通に感じていた。隣にはいつも幼なじみの女の子はいたけど、友人は男子の方が多く、少年に間違えられるのに慣れていたこともある。
市河も最初はヒカルのことを男の子だと思っていたが、今ではきちんと“女”ということを知っている。だからなのか、市河は件の質問をしてきた、どうして女性は、ヒカルも女だが、噂話が好きなのだろうか。どうして、男と女が少し仲良くなるとすぐに「好きなの?」とか「付き合っているの?」という発想になるのだろうか。ヒカルには理解できなかったが、そこはしっかり「塔矢はライバルです」と答えておいた。それに偽りはない。ヒカルをこの世界に引き込んだのは、間違いなくアキラだ。彼がいなかったら、自分はここまで碁というものに興味を持てなかっただろう。
今日も今日とて、ヒカルとアキラは碁会所で対局していた。
「どうしてそっちに行くんだよ。次にここが攻められる
じゃんか」
「だけど、そうするとここが弱くなる」
「そうじゃなくってぇ!」
いつもと同じような風景に、碁会所の常連客も一部を除いては終始にこやかだ。あの塔矢アキラと同等に言い合える友人ができたことがまるで自分の子どもように嬉しいようで、客のおじさんたちも優しく見守っている。いつもポツンとしていたアキラは、以前より楽しそうだ。
はっと時計と見たヒカルは慌てて立ち上がった。
「ヤバっ、もうこんな時間か!」
彼女に合わせるようにアキラも席を立ち。受付へと向かう。
「それじゃあ送っていくよ」
ヒカルに微笑を向けると、彼女も小さく笑って「サンキュ」と短く礼を言った。
最初の頃は、家まで送っていくとアキラが言うと、ヒカルは大丈夫だと言って聞かなかった。女性のひとり歩きは危ないからとどうにかヒカルを説き伏せ、今は素直にアキラの好意を受け取っている状況だ。
街灯で照らされた道を、ふたりは並んで歩いていく。それほど遅い時間ではないのに、人影は見えない。
「いっつも悪いな。塔矢んちって反対方向だろ?」
「このくらい何てことないよ。キミに何かあった方が心臓に悪い」
アキラがいつもの穏やかな声で返すと、ヒカルは両手を自分の頭の後ろへとやり、
「そうだよなー、“進藤プロ、変質者に襲われて全治一ヵ月”なんて新聞に載ったりしたら、誰だってビビるよなー」
呑気にケラケラと笑う。言葉の本意に気付いていない様子のヒカルに、アキラはそっとため息を吐いた。
「塔矢、どうした?」
突然歩みを止めたアキラから三歩程遅れてヒカルは足を止め、振り返った。ふっとみたアキラの表情は浮かない。
「塔矢?」
「進藤、その……話があるんだけど、時間大丈夫かな?」
自分自身に言い聞かせるためなのか、言葉を選ぶようにゆっくりと切り出したアキラに、ヒカルはこくんと一回頷くしかできなかった。先程までのアキラの優しい雰囲気は消え去ってしまい、戸惑うヒカルの手をそっと引いて、アキラは近くの公園へと入っていく。急に触れたアキラの手は大きくて、暖かくて、どうしてだか分からないけどずっと握っていてほしいと思った。
ベンチに座ったまでは良かったが、アキラはヒカルを見ようとはしない。手を硬く握り、地面に視線を落としたままだ。こんな様子のアキラを初めて見るヒカルは声を掛けあぐねていたが、少しの間の後、彼の方から口を開いた。
「進藤は……」
「ん、オレが、なに?」
「……進藤は、ボクと付き合う気はないか?」
予想もしていなかった言葉にヒカルは目を瞬かせて、たっぷり一呼吸置いた後、たどたどしくアキラに尋ねた。
「それって、つまり……オレのこ、と……好き、って言う、ワケ……?」
「ああ、そういうこと、だね」
はっきりと返されて、ヒカルはまた目をぱちくりさせる。
「……塔矢は、オレのことを女として見ていた、ってことだよな……?」
ヒカルの声のトーンが落ちたことに気付いたアキラが声をかけるよりも早く、ヒカルは立ち上がった。そのせいでアキラは彼女を仰ぎ見ることになってしまう。そのヒカルはアキラを睨んでおり、何の感情からか、頬が赤く染まっているのが、街灯の明かりに照らされて見えた。
「進藤?」
「オマエはずっとオレのこと、女だって見下して、守るべき対象だって、そう思ってたんだな!?」
なだめようと差し出したアキラの右手は、ヒカルに思い切り振り払われた。手が宙に浮いたまま、アキラもベンチから腰を上げる。
「少し落ち着いて……」
「落ち着けるかよ! オマエはっ……確かにオマエは強いし、何十局打ったってオレが勝てるのは数える程だし、だけどオレはオマエと対等になりたいって、ずっとそう思って……」
そこまで言って、それ以上は言葉が続かなかった。声が喉に引っかかって音にならないのだ。
誰が何と言おうと、ヒカルは生物学上は女だ。それは間違いない。男性が優勢とされる囲碁界で、ヒカルの強さは異端的でもあろう。嫌がらせもあった。しかし、そんなことに屈服しないヒカルを庇い支えてきたのは院生時代の友人や、ヒカルを認めてくれる先生たち、そして塔矢アキラだった。
「進藤、聞いて」
穏やかなアキラの声が、俯いたヒカルを包んだ。
「キミの言う通り、ボクは君のことを女性として好きだ。キミを可愛いと思うから、守りたいと思ったこともある。だけど、そんなことじゃないんだ。——進藤、ボクを見て」
彼女の肩をそっと掴み、自分に向き直させる。おずおずと顔を上げたヒカルの瞳は、怒りから来るものなのか、少し潤んでいた。
「キミの、その真っ直ぐな目が好きなんだ。臆することなく真正面からボクにぶつかってくるキミが、好きなんだ」
ヒカルの表情が怒りから困惑に変化し、再び俯いた後、肩に置かれたままだったアキラの手を乱暴に剥がした。
「……オレ、オマエのこと、好きか嫌いかで言えば……たぶん好きなんだと、思う。だけど、いきなりそんなことを言われても、オレ、考えたことなくて……」
必死に言葉を紡ぐヒカルに、アキラは微笑した。懸命に相手のことを考えている彼女を目の前に、どうしてだろう、それだけでアキラは安心できた。拒絶されていないのだと、そう思えた。
「進藤、ボクのことは気にしなくていいんだ」
「だけどっ」
アキラは手を伸ばして、ヒカルの柔らかい髪に触れた。彼女はビクリと身体を震わせた後、そろそろと視線を上げるが、その瞳はアキラを見てすぐに逸らされてしまった。彼は微笑した。
「ボクは、キミともっと色んな話をして、一緒に出掛けたりしたい。それで、もしキミがボクのことを好きになってくれたら、嬉しい。ただ、それだけなんだ」
「……それだけで良いのか?」
再びアキラに向けられた瞳は不安そうで、アキラは自分の気持ちに偽りはないのだと言うようにそっと笑った。
「進藤がボクのことを見てくれるまで待つよ」
だけど、自分たちの今の関係が好きなのも事実だから。
そして公園へ来た時のように、アキラはヒカルの手を握って歩き出した。
「帰ろう。キミのご両親が心配する」
ヒカルはこくんと頷き、彼の手を握り返した。
「……あのさ、塔矢」
家が近くなった頃、ヒカルは小さく声を掛けた。アキラに伝えたいことがあるけど、彼が気付かなかったら言うのをやめよう。でも今すぐに口に出さないと、後では言えない気もした。幸運だろうか、アキラは並んで歩くヒカルを見た。
「どうしたの?」
つい先程告白して、その返事は保留ということになったのに、アキラは柔らかい表情を向けてくるので、ヒカルは「うぐっ」と言葉に詰まってしまう。自分を気遣っているのだと、さすがのヒカルも分かった。どうしてコイツはこんなに優しいのだろうか。繋いでいない方の手に力が入った。
「あのさ、オレ、何て言うか……オマエの手、あったかくて好きだと思った。それだけは言いたいと、思ったから、その……」
声が段々と小さくなっていき俯いてしまったヒカルを、アキラは引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
「うわっ、ちょっ……!」
「進藤、可愛い」
耳元で聞こえた声音に、ヒカルはビクリと身体を震わせた。おまけに背筋もぞくりとして、彼女は更に身を硬直させる。
「とっとうや、離れろ!」
「ああ、ゴメン」
口では謝っていてもヒカルを離す気はないようで、アキラの手はヒカルの背中にきっちりと回っており、変わらず距離は近い。彼女は顔が熱くなるのを感じた。
「とりあえずさっ、今度の休み、出掛けようぜ!」
自分でも不自然だと思うくらいにヒカルの声は上擦っている。
「いいね、どこに行こうか」
「え!? えーっと……オマエに任せた!」
ヒカルは言い出しておいて、アキラに丸投げした。まさか快諾されるとは思わなかったのだ。
アキラの腕の力が緩んだ瞬間を見逃さずに、ヒカルは慌てて彼から離れた。いくら気心が知れた相手だといってもあの距離は近すぎだし、何よりもその相手に告白されたばかりなのだ。意識するなという方が無理だ。
ヒカルは家までの数メートルを一気に走り、くるりと振り向いた。
「塔矢、楽しみにしているからな」
笑っている彼女は、月明かりが降る中、綺麗に見えた。アキラはクスリと笑う。
「キミが満足するようなデートプランを考えないといけないね」
「でーとっ!?」
ちょっとした悪戯はあっさりと成功した。アキラはまた小さく笑い、手を軽く振る。
「それじゃあ、また明日」
「……おう」
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一次も二次も書く人間。
最近は現実も見るようになったけど、やっぱり妄想族。
実は“うつ”わずらい。通院中。体調に超波あり。
ハムスター溺愛中。ジャンガリのノーマルグレーが好き。
こっそり打楽器奏者。ティンパニスト。時々ドラムもたたく。
新年の練習には行けない模様。
ちなみに、ピアノは趣味、打楽器は特技、だと思っている音楽大好き人間。サンホラがお気に入り。